みぢかな日本語

「日本語をとりまく環境についての調査」のアンケートで、インターネットや電子辞典が普及しているにもかかわらず、「意味がわからないときに(紙媒体の)国語辞典で調べる」という答えが47%もありました。古代の日本では、言葉には霊力があって、幸福をもたらしてくれるとして「言霊(ことだま)の幸(さき)わう国」と呼ばれていました。そのように言葉を大切にする国だからこそ、国語辞典が広く長く使われているのかもしれません。

前回の「みぢかな日本語」で、「どんなときに国語辞典を引きますか」というアンケートをおねがいしました。集計したところ、1位が「言葉の意味が知りたいとき」(77.5%)、2位が「難しい漢字の書き方を知りたいとき」(65.9%)、3位が「同音異義語を調べたいとき」(54.9%)という結果でした。
もっと詳しい結果はこちら。

●国語辞典は、自分の言葉を映すもの
矢澤真人 筑波大学文芸・言語学系 助教授

今回、ATOK.comでは「国語辞典はどうやって作られているのか」ということを探ってみるべく、大修館書店発行『明鏡国語辞典』の編集委員である矢澤真人先生にお話をうかがいました。膨大な日本語の中から、いったいどうやって言葉を選び、語釈(※言葉の意味を解釈すること。また、その解釈)を付け、用例を挙げているのでしょうか?

●1 膨大な日本語データをもとに、語釈をしていく先の長い仕事

ATOK.com: 『明鏡国語辞典』は、ほかの辞典とはどのような違いがありますか?
矢澤真人:
(以下、矢澤)
編集委員によって目指したことはまちまちですが、私が目指したのは「パソコンを使っているときに側に置いて、必要なときに引く辞書」です。
例えば皆さんは、パソコンで日本語を打っていて、同音異義語に迷うことがよくあると思います。「杯をあける」のときの「あける」はどんな漢字が正しい? 「たんけん」は「探検」「探険」どっち? というような場合です。変換候補は出てきますが、どれを選べばいいかわからないときが多いですよね。そんなときのために、この辞典には用例を多く入れています。国語辞典は、言葉の意味を解説する語釈よりも、どんなときに使うかという用例が大事だと思うんです。
また、「歩く」「会う」「食べる」などといった、基本的な用語を、もうちょっと詳しく調べたいというときがありますね。これは、助詞や助動詞ともつながってきます。例えば、「先生に会う」と「先生と会う」では違います。そこで「〜に」「〜と」には、どんな傾向があるのか、ということを挙げていきます。
ATOK.com: 語釈の傾向というのは、どうやって整理していくのですか?
矢澤: もっと典型的な例でいうと、「壁にぶつかる」ことはあっても、「壁とぶつかる」ことはまずないですね。つまり「〜にぶつかる」のは止まっているものにぶつかる、「〜とぶつかる」は互いに動いていてもかまわない。「に」は着点、「と」はいっしょに動作をするというように、いろいろな例を出しながらパターン化していくわけです。そして、じゃあ「会う」の場合にはどうなるんだろうか、という語釈に入っていきます。
ひとつの語釈をする場合には、いろいろなパターンを挙げて、その中で個別に落としこんでいく。あくまで全体と部分を常にみながら、語釈を考えます。
ATOK.com: 膨大な量の使用例があると思うのですが、それはどうやってパターン化するのでしょう?
矢澤: 誰もが納得する語釈を付けるには、たくさん使用例を出さなくてはなりません。まず、明治時代から現代までの日本の文学作品が検索できるデータ集を使います。また、人の感覚も重要なので、いろいろな人に聞いてみたりもします。ある世代だけに偏らないように、いろいろな年代の人に聞くことも大事ですね。
先ほどの例だと「〜に会う」「〜と会う」とで、どちらが多く使われているんだろう、というのを検索する。そこで使用例が1000出てきたとしたら、そのうちの100あたりをランダムに見て語釈の感覚を作り、自分でいくつかのパターンに分けて、残りもそれで処理できるかというのを見ていく。だから、1日で3項目ぐらいしかできません。はかどって10項目ぐらいです。
ATOK.com: 先ほど語釈より用例が大事、とありましたが、用例はどのように挙げているのですか?
矢澤: 編者や編集委員が独自に考えています。気を付けているのは、あまり奇をてらわず、できるだけ典型的なものを挙げるようにしていることですね。ただ、編集委員がちょっと遊んでいるところもありますが(笑)。

●2 正しい日本語って何?

ATOK.com: 辞典というと何となく無機質なイメージがありますが、人間の感覚も大事にしていることがうかがえます。その「人の感覚」という点では、ら抜き言葉のように、以前は間違っていたけれど、使う頻度が高くなって、いつの間にか浸透してしまった言葉というのも多くありますね。
矢澤: 「正しいけれど、あまり使っていない」言葉を載せるべきか、現在一般的に使っているものを重視するか、は常に考えるところです。多少は権威的な正しさを考えますが、やはり今の言葉を重視します。
例えば、「独壇場(どくだんじょう)」。元々は「独擅場(どくせんじょう)」という言葉ですが、正しい方を知っている人は少ないでしょう。データ的に現在一般的に使われているのは「独壇場(どくだんじょう)」ということは、みんなが間違っていることになるわけですから、もはや間違いではない、と。基本的にコミュニケーションは、相手に伝わってこそのものですから、いくら正しくても相手に伝わらない言葉では意味がありません。これは辞典に載せる言葉でも同じことで、市民権がある言葉を使いたいと思っています。
ATOK.com: いわゆる「若者言葉」も、積極的に取り入れていきたいと?
矢澤: 『明鏡』では「おたく」や「コスプレ」といった言葉も載せていますが、これは10年後もまだ残っている言葉だろうと予想できたからです。ほかにも、「ぜんぜんいいじゃん」というのはおかしいといわれていますが、明治の文献には「これをぜんぜんキミにあげる」というのが出てきます。これは意味が違っていて、「ぜんぜん」=「すべて」なんですね。ある年代の人たちは、自分たちより上の年代の人たちの「すべて」という用法を捨てて否定の意味しか使わなくなったんです。今の若い人は「断然いい」というように「程度用法」として使っている。ですから、ある年代の人は意味を限定してしまいましたが、今の若い人の方が、広い意味で使っているわけです。もう何が正しくて何が間違っているかということはわからない。正しさを追求すれば、みんな昔にもどって万葉語を使わなくては(笑)。

●3 言葉は日に日に変化する生もの

ATOK.com: 日本語の膨大なデータをもとに、ひとつひとつの言葉を吟味していくという作業は、裁判の判例と似ていますね。
矢澤: 法律もある一定のルールはあるけれど、その法律が時代によって古くさくなったり、適用できないこともありますね。それを活かしながら、現代にあった形で判決を下していくものです。同じように言葉はどんどん変化していく。変化したものを昔のルールにあてはめては、現在の使い方にはおさまらない。
このごろ若い人が「今日は雨降ってるしぃー(行きたくない)」といいますね。年齢が上の人には、雨が降っている以外にも行きたくない理由があるのかと思われがちです。『明鏡』では「最近では理由や言い訳を言いさしにした終助詞的な使い方も見られる」と使用例として認めてます。このように、言葉は生きているので、こまめにメンテナンスやバージョンアップが大切なんです。そういう点では、法律と言葉は似ていますね。
ATOK.com: 国語辞典は、正しい日本語を一方的におしつけるわけではない、ということですね。
矢澤: そうです。『明鏡』の編集方針は「現代の言葉を映す」ことでした。『明鏡』の「鏡(かがみ)」は、正す鏡の意味の「鑑」ではなく、自分の姿を映す「鏡」を使いました。つまり、正しいものだけを映すのではなくて、正直な自分の姿を映して、その後は自分で考えるということです。
昔はこれが正しかったけれど、今はこれが一般的という情報を載せて、その上で自分自身の言葉を映して会話してください、という思いなんです。まさに明るい鏡でなければ、自分の言葉は映し出せないですから。
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矢澤真人 先生 プロフィール
1957年9月13日、神奈川県生まれ。
1995年4月より、筑波大学文芸・言語学系助教授。
日本語学や国語教育の授業を担当。
2003年に発行された『明鏡国語辞典』(大修館書店)の編集に携わる。
明鏡国語辞典
明鏡国語辞典
(大修館書店発行 2003年)

同音異義語の使い分けを多くの用例を挙げて解説してあったり、画数の多い漢字をズームアップ表示してあるなど、現代の生きた日本語をわかりやすく解説している。「ら抜き言葉」「〜からお預かりします」といった、「日本語の乱れ」と指摘されがちな表現に関しても、一方的に誤用とするのではなく、新しく生まれつつある表現として明記してあり、まさに今の日本語を映す「明るい鏡」となる辞典である。
→詳細情報は大修館書店のホームページでご覧ください。

 



update:2003.12.19