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ジャストシステムの日本語テクノロジー

規範追求期

1992年1月、ジャストシステムは批評家・作家の紀田順一郎を座長に、近藤泰弘、栗岩英雄、矢澤真人、高本條治らの国語学者、教育者をメンバーとする「ATOK監修委員会」を設置する。この背景には、エンジニアリングという観点からは、ある程度の枠組みが固まってきた仮名漢字変換システム全般、特に変換用辞書に対する世上の不満と要求があった。

例えば、紀田順一郎は、「ATOK監修委員会」座長に就任する以前「しにか」1990年5月号(大修館書店刊)において下記のように記している。
「OA文具としてのワープロの現況に見る限り、漢字処理能力にはまだ不満が残る。一つは辞書の貧弱さであり(中略)。辞書の充実度はコスト要因に左右される面もあるが、普及機種では達意の日本語入力に不足を感じるケースが多い。これはいまだに辞書の編者が明らかでないことも関係があろう。そこには辞書編纂に必要な編者の人格性(思想や言語生活の体系)が存在せず、言語生活における定見を有しない係員が、かなり恣意的に既成の紙辞書を孫引きしたり抜粋したりするだけという弊害が一向に改まっていないようだ。」[5]

また、箭内の前掲書には、「電脳辞書の編集責任は必ずしも明確ではない。(中略)しかも電脳辞書の作成には、国語学者たちが参画している気配もない。ほとんどの辞書はコンピュータ関係の技術者が作ったものらしい」[4] との記述もある。
このころ、市井の電脳国語学者箭内敏夫は、各社の仮名漢字変換システムの変換辞書をさまざまな観点から縦横に分析し、その一貫性のなさを批判していた。

さらに、作家の井上ひさしは、「常用漢字しか変換しない辞書を載せた器機、人類学者用の漢字をたくさんたくわえた器機など、ワープロの辞書を切りはなす工夫が必要だ。」[6] と記して、暗に当時のワープロ専用機搭載の仮名漢字変換辞書への不満を表明している。

これらの批判に共通していることは、仮名漢字変換システムがプログラムとしてはある一定の水準に達していながら、その変換用辞書の構築が一貫した方針に基づいてなされたものではなく、事務文書用途への偏りを持ち、かつ、かなり恣意的な語彙選択によってなされていたという当時の状況への批判である。
1989年、雑誌編集者の経験を経てジャストシステムに入社した筆者が抱いたATOKに対する不満も、上記各氏の指摘と通底するものであった。

要は、メカニズム、フレームワークとしてはある程度成熟してきた仮名漢字変換システムの変換精度、ユーザビリティを大きく向上させるためには、すでに工学的な手法のみでは限界に達しており、紀田が述べたように「ある人格性(思想や言語生活の体系)と言語生活における定見を持った専門家が恣意性を排除して」仮名漢字変換辞書の編纂に当たる必要があるのではないか、という考えであった。

ジャストシステムが「ATOK監修委員会」を設立した理由は、まさに上記につきよう。
この成果は、1993年4月発売の、ATOK8に如実に表れる。

1992年1月から1992年10月までの間に、アドホックの委員会も含めると都合8回の委員会が開かれ、この間に、変換用辞書の徹底的な見直しが行われる。
座長の紀田自らが、百科語彙の選定を担当し、『ブリタニカ国際大百科事典』の全目次項目を通読し、まさに常住坐臥、電車の中においてまでもマーカー片手に語彙の要不要の検討を行ったという。[7]
ATOK8には、技術的にも共起情報(「蝉は鳴く」であり「赤ん坊は泣く」といった前後の語彙との関係で同音異義語の判別処理を行うための情報)が取り入れられており、このための共起辞書の開発にもATOK監修委員各氏に並々ならぬ協力があった。

浮川初子、阿望博喜は、この時期(規範追求期)の技術的達成度と課題をまとめた論文[8] で、郡司隆男の「仮名漢字変換は、理論などあるのかと思われる世界を力づくで実用化しているという感じなのだ」[9] という謂いを引用し、「この「力づく」のところに、どれだけ傾注できるかどうかが、実用化を推進できるか否かの分かれ目になっているような気がしてならない」[8] と受けている。その上で、紙幅の多くを「同音語処理と用例数」、「同音語処理と表記法」「表記法と辞書」「弊害対策」「変換の洗練、日本語データの整備」といった項目に割いている。このことからも、この時期の仮名漢字変換システムにおいて、製品レベルでの実装開発作業の多くの時間が、膨大な日本語事象を収集吟味し、多くの例外処理を含むルールベースの記述と膨大な辞書の構築に充てられていたことがうかがえる。

そうした作業過程の中で、当然のことながら、自然言語一般が持つあいまいさや、文書の目的や個々人の個性による表現のゆれをふまえた上で、製品の初期出荷仕様を決定することが非常に重要な要件として認識されるようになっていた。
先の浮川・阿望の論文においても「記述性を求める仮名漢字変換において、そのもととなる辞書に、ある種の規範性を求めてきた」[8] との記述がある。パーソナルコンピューターによる日本語文書生産の拡大に伴った仮名漢字変換システムの普及により、社会全体が仮名漢字変換システムを提供する側に対して、そのシステムが変換表記する日本語の規範性に対して、ある種の社会的責務を持つことを求める状況を招いた。
実際、多くのユーザーがATOKやMS-IMSがデフォールトで変換する日本語をそのまま無批判に用いるようになり、その結果として、伝統的、一般的には稀であるような同音類義語の使用例が、Webサイトの調査において頻発するような事態も発生している。

こうした中で、ジャストシステムがATOK15で導入した「話し言葉関西モード」は、仮名漢字変換システムに対してユーザーが求める規範性はそれとして受け止めながら、多様な言語表現への対応を打ち出すことによって、ユーザーに対しても自らの言語表現に対して自覚的であることを求めた、一歩踏み込んだメッセージが込められたもの、ということが出来よう。

関連書籍 >> ATOKとATOK監修委員会の関係について、もっと詳しく知りたい方へ

『電脳日本語論』 〜ATOK監修委員会インサイドストーリー
著者:篠原 一
出版社:作品社

ジャストシステムの日本語入力システム「ATOK」。その開発に重要な役割を果たしているのがATOK監修委員会です。ATOK監修委員会がどのような議論・作業を行い、その成果がATOKの開発にどのように反映されたのかを、ATOKの歴史とともにたどります。

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Update:2009.07.17