みぢかな日本語

陽の光も心なしかやわらかく、春の足音が聞こえてきそうなこのごろ。梅もちらほら咲きはじめました。寒さで凍てついていた頭に、春風が吹き抜ける季節です。今こそ、何か素晴らしいアイデアがひらめくとき。今回は、そんなみなさんの助けになるような企画です。


●Vol.3
「今年こそはヒットを出す!ひと言が1億につながる!
─ネーミングの日本語─」Part 2

ネーミングの第2回は、「生茶」「辛口珈琲ファイア」などのヒット商品を手がけた、キリンビバレッジ株式会社 営業本部 商品企画部 新商品担当主任の大西功一さんに、お話を聞きました。日本のお茶を飲み尽くし、世界の珈琲を味わい尽くした上に生み出された渾身のネーミングの舞台裏を、のぞいてみましょう。

◆良いネーミングは、受け取る人のイメージが広がっていくもの

ATOK.com: やわらかいイメージが名前から伝わってくる「生茶」ですが、その開発の始まりはどんなところからだったのでしょうか?
大西功一:
(以下、大西)
まず、お客さんが今までの緑茶飲料の味に対してどんな不満を持っているか、という調査から始まりました。今でこそ、いろいろな味の緑茶が出ていますが、当時は苦くて渋いものしかなかったんです。そこで、飲みごたえはあるが、まろやかに飲めるお茶を、ということで開発が始まりました。
ATOK.com: 「生茶」というネーミングは、ネーミング会議で煮詰まって、チームで居酒屋へ飲みに行ったときに思いついたという話を聞きました。生ビールがあるんだから、生茶があっていいじゃん! という…。
大西: そうです。「飲みごたえがあってまろやか」ということを考えていくと、「素材の良さを生かした」お茶になるんですね。それに対して「生」という言葉は、生ビール、生チョコ、生ハムというように、素材の良さを生かしたやわらかい感じがあって、求めていた緑茶のフレッシュな感じと、とてもうまく合っていたんです。
ATOK.com: 「生」と「茶」というよく使う言葉を組み合わせた、思いつきそうで思いつかない絶妙な名前ですね。たった2文字なのに。
大西: 飲料業界では「店頭2秒」と言われていて、お客さんは店頭で2秒見て決めるのがほとんどです。その短い時間で、いかに印象を残すかというのが勝負。ですから、「短くてわかりやすい」というのは大前提です。
あと、飲み物は体に入れるものなので、安心感がないと買ってもらえない。そこで「中身がわかる」というのも重要です。でも一番気を使うのは「そこからイメージが広がるか」ということです。
ATOK.com: イメージが広がるというのは、「生」と「茶」が合体して、今までにはないイメージが浮かんでくる、ということですか? 「生茶」というのは、なんとも味わい深くてやわらかい独特の響きがあると思いますが。
大西: そうです。わかりやすさに走ってしまうと、えてしてイメージが固定して、つまらなくなります。そこから世界観が広がらないんですね。例えば味の特性を出して「甘み茶」とつけると、甘みがあるお茶なんだ。以上。というように(笑)。かといって、日本のお茶ということが言いたくて「やまと茶」とつけると、反対に広がりすぎて、あやふやになってしまう。
ATOK.com: なるほど。「生」は、1文字で最初のコンセプトを見事に表してくれる言葉だったんですね。
大西: 日本人なら「生」と聞くと、勝手に美味しそうだと想像してくれるんです。美味しいと直接言っていないのに、受け止めた人によっていろいろな方向に世界が広がっていく良いころあいの言葉です。…と自画自賛してますが。
ATOK.com: その素晴らしいネーミングが出てくるまでには、かなり紆余曲折がありましたか。
大西: ありましたねえ。でも居酒屋で思いついたりするように、煮詰まったら1回はずすのが大事です。「ニュートンのリンゴの瞬間」と自分では呼んでいるんですが、ニュートンは寝ても醒めてもずーっと考えていて、あるとき全然関係ないけどリンゴや落ちるところを目撃して、重力を発見したわけですよね。そういう気づきの瞬間って、だぶんあると思います。ですから、その瞬間がくるまで必死で考えるんです。それにチームでやっていますから、社内や社外の人と双方向でやりとりするのは、当然大事ですね。
ATOK.com: お茶ひとつをとっても、いろいろな味があって、それを表す日本語があるわけですが、日頃から自分のボキャブラリーとかイメージを豊かにするために、心がけていることはありますか?
大西: いや…とくに…。ただ、日常生活に近い飲料を作っていますから、自分の生活の中からどれだけ広げるかということですよね。開発といっても、ものすごく突飛なことをやっているわけではないので、日常にいろいろな情報が落ちていると思います。その情報と情報が合わさったときに急に輝き出す瞬間があって、そこに気づくか気づかないかが勝負なんでしょうね。自分が向かっている方向だけではダメだと思ったときは、音楽を聴いてみたり、いつもは絶対読まないであろう難しい本を読んでみたりしますが。
ATOK.com: ときには方向転換も大事ですか。
大西: そうです。緑茶だからといって、緑茶のことだけを調べていては、たぶん良いネーミングは出てきません。せいぜい、玉露とかの品種や、宇治や八女といった産地から美味しさを表現するくらいです。そこに「生」という全然違う概念を持ち込もうと気づくのは突然で、それにはやはり、いろいろな方向に頭を向けて考えないとひらめかないものです。
ATOK.com: 思わぬところから、出てきたものもありましたか?
大西: 「辛口珈琲ファイア」を思いついたのは、以前ビールを作っていた人です。「キレのあるすっきりした甘さひかえめの本格珈琲」というコンセプトだったのですが、これに「辛口」と名前をつけるには、珈琲ばかり飲んでいても出てきません。また「辛口」からは本格通の人が飲むというイメージがありますから、また世界が広がりますね。
ATOK.com: 方向転換しても、ちゃんと元に戻ってくる場がないと、放浪してしまいますね。
大西: そのためにも、最初のコンセプトが大事なんです。ここが揺らぐと、曖昧な商品になってしまう。そして、そのコンセプトに沿って、味を作る人、デザイナー、広告代理店といったチームが動いていくので、みんなの法律をしっかりさせるのが、次の仕事です。

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●Vol.3
「今年こそはヒットを出す!ひと言が1億につながる!─ネーミングの日本語─」Part 2

 



update:2004.02.20