日本語の懐 協力/大修館書店
連載全12回 第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回
第3回「ねねちゃん活躍する」
今日は永徳百貨店創業80周年の催事初日。ふだんは売場に出ないインテリア事業部の面々も、今日ばかりはリビングフロアに出て接客。ウスイの心配そうな視線も気にせず、ねねちゃん張り切ってます。
登場人物
渡辺課長 渡辺課長
永徳百貨店・インテリア事業部勤務。過去に日本語に関して厳しい教育を受けて以来、普段の言葉遣いや接客での日本語に目を光らしている。
ウスイ主任 ウスイ主任
31歳の若さで主任に抜擢。売り場を見ながら仕入れもかじる。日本語教育は新人研修で受けたもののいまいち自信がない。
ねねちゃん ねねちゃん
新入社員一年生。接客ではマニュアル通りの対応を見せるが、普段はリラックスしすぎている言葉遣いで先輩社員の頭を悩ませている。
―セレブな雰囲気を醸し出している年輩のご夫婦のお客さまに、低反発まくらを熱く勧めるねねちゃん。
ねね 「コレはぁ〜、ワタシも使っているんですけどぉ〜、すごくキモチいい〜デスよ〜。このくぼみがアタマをやさしく支えてくれてぇ〜首のカーブにぴったりフィット!するんデス。もうゼッタイオススメ!です」
お客さま 「そう…でもあまり通気性がよくないって聞くわよね」
ねね 「さすがお客さま、よくご存知デスネ!そうなんですよぉ〜。そこでワタシ、夏はこのフェザータイプのものを使ってイマス。これはもう文句ナシです。通気性もバッチリで、しかも弾力性もあるんデスよ。でも始めはちょっと臭いが気になるかも〜」
―と言いつつ、商品のまくらをくんくん臭いをかぐねねちゃん。
  ねねちゃんの新鮮な言動に、たじろぎながらも、フェザータイプまくら購入に傾きかけるお客さま。
お客さま 「じゃあ、あなたのお勧めに従って、このフェザーのタイプを2つ頂くわ」
ねね 「ありがとうございマス!!でもお客さま、これからの季節は寒くて体が縮こまり気味になるので、この低反発まくらもオススメですよ。2タイプいかがですか?」
お客さま 「(苦笑)結構よ」
ねね 「は?2タイプお買い上げデスか?」
お客さま 「え?いえいえフェザーだけで結構よ」
ねね 「あ〜残念デス〜。でもありがとうございマス。お買い上げ金額の方が〜、3万と1500円になりマス〜」
お客さま 「じゃあ3万5000円で」
ねね 「ハイ。3万と〜5000円から、お預かりしマス。少々お待ちくだサイマセ〜」
―商品を包んだものと、お釣りを持ってくるねねちゃん。
ねね 「タイヘンお待たせシマシタ〜。こちらがお品物とぉ〜、お返しになりマス。どうもありがとうございまシタ!」
お客さま 「はい、お世話さま」

―大満足のねねちゃん。しかしその達成感に冷たい水をさすべく近づくウスイ。
ウスイ ウスイ「ちょっとねねちゃん、お客さまに『は?』なんて問題外でしょ!」
ねね 「センパイ〜見てたんデスか〜?もう〜イヂワルですね〜。だって〜『結構です』って、どっちの意味かわかりづらいじゃないデスかぁ〜」
ウスイ 「勧めた返事の『結構』は、お断りの意味でしょっ。そんなの常識よ。あと『○○円からお預かりします』は厳禁でしょ。今朝も課長に念を押されていたのに!」
ねね 「センパイ、これはワタシもちょっと一言いいたいことがありマスよ。そもそも「預かる」というのは〜……」
ウスイ 「ああ、今はそれどころじゃないでしょっ。後にして後に!」
―ウスイいつも通りぷりぷりとして接客に戻る。ねねちゃん、一瞬しょんぼりするが、すぐに立ち直って次のお客さまをつかまえる。

―催事初日終了。いつものオフィスで、ウスイを待ちかまえるねねちゃん。
ねね 「センパイ〜今日はお疲れサマでした〜。ねね、結構売りましたよ! センパイはどうでした〜?」
ウスイ 「……いまいち」
ねね 「もう〜、ワタシのことばっかり見ていたからデスね〜。大丈夫デスよ〜ワタシは」
ウスイ 「(ためいき)」
ねね 「そうそう、センパイが言ってた『○○円からお預かりします』ですけど〜、俗な言い方かもしれないけれど〜もう正しい言い方と言ってもいいんじゃないかと思うんデス。コンビニとかでたまに聞きません?」
ウスイ 「はあ?だって社内でも厳禁だし日本中で問題になってるじゃない」
ねね 「ところがデスねえ〜、この言い方は省略されていて正式には『○○円から(お釣りをお支払いすべく○○円)お預かりします』なんデスよ。だって『〜から預かる』というときは『〜』には《人》がきますよね。なのに《お金=物》がきているからヘンなんデス。でも、この『○○円から』を『お支払いする』に関係づけてとらえると、『○○円から(お釣りを)お支払いする』となって、意味がすっきりと通るんデス」
ウスイ 「まぁわからなくはないけど、誰も省略して使ってるとは自覚してないわよ」
ねね 「うっ!それはそのー……まぁなんというか、感覚的にわかるんですよきっと。それに!ここが重要ですが、これはお釣りがあることをお客さまに事前にお知らせできる“すごく丁寧で親切な”言い方なんデスよ。これこそ接客の原点!そんな言葉を社内で禁止にするのは、よくないです。と課長にアドバイスするつもりなんデス」
ウスイ 「……今日は調子良さそうね……」
─でも永徳百貨店向きの言葉じゃないかな〜と思うウスイ。
ねね 「ワタシだって少しはベンキョーしてマスよ。あとセンパイに言われた『結構』の使い方ですけど〜……」
ウスイ 「ああ今日はもう勘弁して。本日は結構です……」
企画協力/鳥飼浩二(明鏡国語辞典編集委員)
参考サイト/『明鏡日本語なんでも質問箱』(大修館書店)
文責/オフィス・ワイズ 屋敷直子
※「日本語の懐」に登場する百貨店名、人物名はすべて架空で、実際のものとは一切関係ございません。
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update:2005.10.21