日本語の懐 協力/大修館書店
連載全12回 第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回
とかとか星人あらわる!
開店前の朝礼。2月からの新生活応援キャンペーンのために、テナント業者から派遣された女性・ムラサメがインテリア事業部の全員の前で紹介された後、売り場へ向かうねねちゃんとウスイ。いつになくプリプリと、なにやらウスイに訴えているねねちゃんだ。
登場人物
渡辺課長 渡辺課長
永徳百貨店・インテリア事業部勤務。過去に日本語に関して厳しい教育を受けて以来、普段の言葉遣いや接客での日本語に目を光らしている。
ウスイ主任 ウスイ主任
31歳の若さで主任に抜擢。売り場を見ながら仕入れもかじる。日本語教育は新人研修で受けたもののいまいち自信がない。
ねねちゃん ねねちゃん
新入社員一年生。接客ではマニュアル通りの対応を見せるが、普段はリラックスしすぎている言葉遣いで先輩社員の頭を悩ませている。
―ウスイ主任とねねも、インテリア売り場へとエレベーターに乗って、移動中。
ねね 「見ました〜? あの、ムラサメって子。出社するとき、雑誌で一番人気のアンサンブルニット、着てましたよ〜! ネットで限定販売して、即、売り切れになったっていう…。どこの子かと思ったら〜、うちに来た、派遣の人だったんですね〜」
ウスイ 「…あれ、私も欲しかったのよねえ…」
ねね 「時計だって〜、めちゃ憧れのBのやつ。30万円くらいするんですよ〜、センパーイ!」
ウスイ 「いいわよねえ。よっぽど、お金持ちのお嬢様なのよねえ…」
ねね 「でも!許せないのは、あの言葉使いですよ! 仕事場で、しかも最初の挨拶なのに、ルンルンしちゃって!」
―派遣されてきた女性、ムラサメは、目がクリンと大きく、口元はきゅっと上がった、派出めの顔つき。男性社員の興味をいたく引いた様子。「よろしくお願いしま〜す」という話し方も、また、ねねちゃんの癇にさわったよう。
ねね 「私たちに失礼なこといってきたら、やりこめてやる〜う」
ウスイ 「まあ、そんなプンプンしないで。ねねちゃんも、入社してきた当時はあの娘なみにルンルンしてたんだから」
ねね 「でも、言葉使いはもっとマシでしたっ!」
―そうこうしているうちにエレベーターはインテリアフロアに到着。フロアはまだ閑散としている。ムラサメは、なにをするでもなく、立っている。
ムラサメ 「あ、よろしくお願いします」
ウスイ 「よろしく。私はウスイです。彼女は、ねねちゃん。去年、大学出て入った、新入社員」
ムラサメ 「じゃ、同い年ですね。よろしくお願いします」
ねね 「よろしくね〜。ムラサメさんも社会人1年生?」
ムラサメ 「う〜ん。社会人といえるのか。大学とか行かないで、ずっとフリーターとかだったんで」
ウスイ 「どんな仕事をしたの?」
ムラサメ 「花屋さんでバイトとか…」
ウスイ 「他には?」
ムラサメ 「いえ、専門学校とか出て、ずっと花屋さんのバイトです」
―ウスイとねねちゃんは、11時からのミーティングのために、社員専用口からエレベーターに乗り、事業部へと戻る。
ねね 「わかりました〜。ムラサメさん、『「とかとか星人』ですう〜」
ウスイ 「『とかとか星人』?」
ねね 「『とか』ばっかり〜言う人」
ウスイ 「なるほどね。私も彼女が『フリーターとか』って言うから、フリーター以外のこともしていたのかって思ったし、『花屋さんでバイトとか』って聞いて、他のバイトもしたのかと、思ったのよ」
ねね  「ふつう『とか』って〜、『テニスとか、バスケットとか、ボールを追いかけるスポーツが好きです』とか〜『スミレとかタンポポが咲いてるよ』とかって、同じような種類のものから例としていくつかを並べるものじゃないですか
ウスイ 「そうね。ねねちゃんの説明は合ってるし、ねねちゃんが今使った『とか』の使い方は正解ね」
ねね 「ですよね〜センパイ〜。結構、使う人、多いんですよ〜、これ。耳障りですよね、『とかとかとかとか』って〜」
ウスイ 「でも、ねねちゃんもこの前、私に『センパイは当分、結婚とかしないんですか?』って言ったわよ。私、覚えているんだけど」
ねね 「こりゃまた、失礼しました〜。う〜ん。『とか』って言わなくてもよかった、っていうか、『結婚しないんですか?』が正解ですもんね」
ウスイ 「ねねちゃんもそうだけど、なんで『とか』っていう人、多いのかしらね?」
―閉店後。インテリア事業部で、帰り支度をはじめているのは、渡辺課長。自分の席でほおづえをついて考え事をしているウスイに気づき、声をかける。
課長 「どうした、ウスイくん。ふさぎこんで。恋わずらいかい」
ウスイ 「課長、セクハラです。私、当面は仕事一筋。恋愛なんかしてる場合じゃないんですよ」
課長 「お、今の『なんか』の使い方は、ちょっと変だぞ」
ウスイ 「え?」
課長  「昔から、『など』『なんか』『なんて』などは若者言葉の<ぼかし表現>といわれていてね。『まだ、用意なんてできてません』とか『当分、休みなどはやれないよ』、『結婚なんかしないわよ』などと、断定すると角がたつようなことをいう場合や調子が強いと感じる場合に、表現をやわらげるために使うんだな
ウスイ 「あ!(と思い出し)最近でいえば『とか』もそう!」
課長 「ほう、頭の回転が早いね。その通り。『お茶とか飲まない?』の『とか』は『お茶でも飲まない』の『でも』に近いといえるな。いずれにしても、友達や家族とのフランクな会話では許されるだろうが、社会人が仕事で使うと、ちょっと幼い感じがするのはいなめないな
ウスイ 「そうですね。自己紹介で『とかとか星人』に会うと、いらいらしますもの」
課長 「とかとか星人?」
ウスイ 「いえ、こちらの話で…」
―そこへ、フロアから戻ってきたねねちゃん。
ねね 「あ、ウスイセンパ〜イ! 聞いてくださいよ。あの『とかとか星人』がね〜」
課長 「?」
ウスイ 「派遣のムラサメさんです」
ねね 「ロッカーで〜、彼女に『とか』って耳障りだから言わないほうがいいよ、ってアドバイスしたんですよ〜。そしたら、彼女、憮然として無言で帰っちゃったんですよ〜」
ウスイ 「あら、ケンカ?」
ねね 「ううん、彼女オ〜、結構、怒りっぽいみたいで…」
課長 「ちょっと待った。ムラサメさんは、憮然として帰ったって言ったよね」
ねね 「はい」
課長 「もしかすると、怒ってたってこと?」
ウスイ 「課長、憮然としてたっていうんだから、そんなこと当たり前…」
課長 憮然という字をよく見てみなさい。りっしん偏に無という字、これは『心がなくなった状態』つまり、落胆して、あるいはビックリするほどあきれはてている、ってことを言うんだ
ウスイ 「え、ウソ!」
課長 「ウソじゃない。憮然を言い換えるなら『悄然(しょうぜん)』『呆然』ということになる。辞書を見てみろ」
ウスイ 「でも、さっき読んでた新聞にはこうありましたよ。えーっと『首相は報道陣からの質問攻めに憮然とした表情を浮かべた10日の夜とはうってかわり、終始、にこやかだった』…」
課長 「そう。新聞や小説でも、最近は誤用が多くて、ときどき消費者センターに抗議したくなることもあるよ」
ウスイ 「でも、言葉は生き物っていうじゃない…。もし、本来の意味からしたら誤用だとしても、みんながみんな、本来の意味と違った意味でその言葉を使っていて、意思が通じあえるなら…。それを誤用だって、決め付けていいのかしら…」
課長 「その使い方がどこまで認知されているかによるな。ところで、ウスイくん。さっきは元気なかったけれど…」
ウスイ  「いえ、別に。あ! ねねちゃん、私のこと『結婚とかしないんですか?』って聞いたわよね。ということは…。私に結婚の話をふると、角が立つって、思ってるんじゃない!」
ねね 「センパ〜イ! そ、そんなことなんて、ありませ〜ん!」

企画協力/鳥飼浩二(明鏡国語辞典編集委員)
参考サイト/『明鏡日本語なんでも質問箱』(大修館書店)
文責/オフィス・ワイズ 屋敷直子
※「日本語の懐」に登場する百貨店名、人物名はすべて架空で、実際のものとは一切関係ございません。
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update:2005.10.21