日本語の懐 協力/大修館書店
連載全12回 第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回
ジンクスで別れようとする確信犯
年末から続いていた殺人的な慌ただしさから、ようやく静かな日々を取り戻した永徳百貨店。年始の初売りは、めでたく目標額をクリアして、全店的にほっと一息ついている。そんな中、遅い正月休みを取る社員もちらほら。
登場人物
渡辺課長 渡辺課長
永徳百貨店・インテリア事業部勤務。過去に日本語に関して厳しい教育を受けて以来、普段の言葉遣いや接客での日本語に目を光らしている。
ウスイ主任 ウスイ主任
31歳の若さで主任に抜擢。売り場を見ながら仕入れもかじる。日本語教育は新人研修で受けたもののいまいち自信がない。
ねねちゃん ねねちゃん
新入社員一年生。接客ではマニュアル通りの対応を見せるが、普段はリラックスしすぎている言葉遣いで先輩社員の頭を悩ませている。
―お昼どきの社員食堂。ウスイはカキフライ定食、ねねちゃんは、きつねうどんとかやくごはんのセット。久しぶりの、のんびりランチタイム。
ウスイ 「ねねちゃんは、いつ休みを取るの?」
ねね 「来週に3日、いただきます」
ウスイ 「どっか行くの?」
ねね 「う〜ん、今年はどこも行きませ〜ん。どうもヨクナイみたいなんデスよね〜」
ウスイ 「なにが?」
ねね 「年の初めに旅行するのがデス。必ず2月に〜すごい風邪をひいてツライ目に遭うんデス」
ウスイ 「それは、旅行と風邪は関係あるわけ?」
ねね 「あるんデスよ、これが。友達と都合が合わなかったりして〜、年始に旅行に行かない年は〜、大風邪もひかずに順調に冬を過ごせるんデス。これは私の23年で培ったジンクスなんデス!」
ウスイ 「……そうなんだ」
ねね 「今年は〜3月に大事なキャンペーンがあるので、風邪をひいている場合じゃないんデス。ですよね、センパイ」
―ねね、ウスイの顔をのぞきこむ。おびえるウスイ。
ウスイ 「すっすごい、先のことを、しかも仕事のことを考えてるんだ」
ねね 「そうデスよ。今年はセンパイや課長からドクリツするのが目標なんです!」
ウスイ 「(それを言うなら自立だろうと思いながら)それはそれは…」
課長 「ご一緒してもよいかな」
―課長はカツカレーライス。
ねね 「あ、課長。どうぞどうぞ」
ウスイ 「課長、今年ねねちゃんは、私や課長からドクリツするのが目標らしいです」
課長 「それを言うなら『自立』だ。そのためには正しい日本語を使えるようにならんとな。しかし我がインテリア事業部では、『1年目に活躍した新人は2年目には活躍できない』というジンクスがあるぞ」
ねね 「それは昨年ねねは活躍したってゆーことデスか? 大丈夫です、あんなの活躍したうちに入りません。これからデス!」
―ちょっと違うんだけどな…と思う課長とウスイ。
ウスイ 「ねねちゃん前向き。ところで『ジンクス』って悪い未来を予言することの方が多いね。○○公園のボートに乗ったカップルは別れるとか、○○神社にふたりでお参りすると別れるとか……」
ねね 「センパ〜イ、経験から言ってマスね? ○○岬にある鐘をふたりで鳴らすと恋が実るとか、東京ディズニーランドのホーンテッドマンションにふたりで乗るとカップルになれる、とかもありマスよ」
課長 「オレに言わせれば、ジンクスと言われているものは、どれも根拠があるな。弁天様や女性の神様を祀った神社は、カップルで行くと神様がひがんで意地悪をするとか、ふたりで密着するような乗り物に乗れば恋も芽生えるものだ」
ねね 「う〜んビミョーなんか〜そんな難しくしなくても〜ただ信じたいことってあるじゃないデスか〜。恋のように、ちゃんとカタチがないものは、何かすがるものが欲しいものなんデス」
ウスイ 「お〜ねねちゃん、今年はちょっと違うね。確かに、富士山が見えると受験に受かるとか、阪神が優勝すると景気が上向くとか、5レース以上休んだ馬が勝つとか、結果が不安定でデリケートなものが多いね。摩周湖がきれいに見えると婚期が遅れるとか」
課長 「さては摩周湖を見たんだな。まあそれはともかく、もとは『Jinx』という英語で、英語でも悪い結果になることに使っているんだ。日本でも悪いことに使う方が、圧倒的に多いね
ウスイ 「悪いジンクスも使いようで、○○すると別れるっていうジンクスを利用して、別れたい相手とボートに乗るとかね」
ねね 「そーゆーのを『確信犯』っていうんデスよね?」
課長
ウスイ
「違う!」
課長 まあ今となっては間違いでもなくなってきているけどね。もとは、自分の言っていることや、やっていることが『正しいと確信している』犯罪のことだったんだよ。政治犯とか思想犯とかだね
ねね 「そうなんだ。すごい重い意味デスね〜。ずっと『悪いと確信している』けど知らないフリしてることだと思ってました……」
課長 「まあ、まだまだねねちゃんが自立する日は遠いな」
   
  渋い顔をしながらも、ちょっと嬉しそうな課長である。
企画協力/鳥飼浩二(明鏡国語辞典編集委員)
参考サイト/『明鏡日本語なんでも質問箱』(大修館書店)
文責/オフィス・ワイズ 屋敷直子
※「日本語の懐」に登場する百貨店名、人物名はすべて架空で、実際のものとは一切関係ございません。
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update:2005.10.21